2018.11.25音楽ホール自然会館

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写真の中の演奏家

山や川に行くと、私は音楽プレイヤーを止めます。行き帰りの車では、掛けっぱなしでも、目的地に近づくと、自然にスイッチを切り、窓を開けます。

キャンプを始めた頃

私がキャンプを始めた頃は、キャンプ人口は少なく、どこのキャンプ場も人がまばらでした。他にキャンパーが一人もいないなんて事も多くて、なんだか落ち着かない事も有り、テントを張ると直ぐに、ラジカセを出してCDやMDを掛けた物です。自然を楽しみに来て居ながら、落ち着かないなんて不思議ですが、この頃の私にとっては自然はワクワクすると同時に不安にさせる物だったという事かもしれません。

何回もしない内に

そのうちに、ラジカセの出番は無くなりました。キャンパーの数が増えた訳では有りません。音楽の嗜好性がまちまちだった訳でもありません。キャンプ場には色々な音があり、それらが楽しい出会いをくれる事を体験していったのです。そして、静かと感じた林や川は意外とざわざわと小さいけれど賑やかで、人の声やラジカセの音は大きくはあるけれど、よく聞き取れないのです。

音がくれる物

ポスッという音がして、見渡すと周囲に生き物の気配は有りません。注意して周囲を見渡します。ポスッ パラパラッ。音の方を見ても何もありません。何度か謎の音に耳を澄ませると、そこには見慣れない木の実が落ちていて、音の正体は、テントに落ちるその木の実でした。頭上の大きな樹を、空の眩しい蒼に目を細めて見上げると、ずーっと上の方で小鳥が枝を渡り歩いて居ます。

ダーッとただ一定に音をさせる沢から、断続的に違う音が聞こえます。小さな滝に差し掛かった木の枝がたわんでは、跳ね上がりしぶきを上げています。その枝から時折何かが落ちるのでしょう。小さな滝壺の淵にある影が、時々シューッっと動いてキラリと身をひるがえします。

サリサリと熊笹の葉が揺れ、波のように通り過ぎます。焚火の炎がくるりと向きを変えて、渦を巻きます。煙の向きが変わり、焚火の番をしていた友人が目を覆いながら、必死で火を煽ぎますが煙はひらひらと逃げるばかりで、彼はたまらず逃げ出すのです。私は彼に言います。「じき雨が来る。薪をタープの下へ。それから、焚火には薪を追加して置いて」と。

遠くから、エンジンのふける音が聞こえます。じきに砂利の跳ねる音が、そして木の枝を踏む音が聞こえます。犬の鳴き声と、子供の興奮ぎみに話す声「舌を噛むぞ」と言ったのはお父さんでしょうか。テントサイトのすぐ上の木々の幹の間から、車の影がチラチラと見え、もうじきココへやってきます。「こんにちわ、お隣イイですか?」きっとこんな会話がなされます。私達は、目配せをして、広げ過ぎた荷物を少し片付けます。

今では

そんな音楽が、一つづつ聞こえる様になり、新しい音楽との出会いを楽しめるようになって。私のキャンプからラジカセは消えました。でも、私達が、音を立てなくなったわけでは有りません。砂利を踏み、小枝を踏み、焚火を炊き、シュラフをこすり、食器を突きます。そしてコンサートホールで遠慮がちにするように、あるいは美術館で絵を鑑賞するように、小さな声で話しをします。それを私は注意深く聞きます。ラジカセ越しに友人の大声を聞くより、それはずっとよく聞こえるのです。